なぜイベントでネットワーク設計が必要か
ライブ配信は途切れた瞬間に視聴者が離れます。他のスタッフやゲストがWi-Fiを使っているせいで配信の帯域が圧迫されたり、ネットワーク機器の設定ミスで配信が止まったりするのは、現場でよくある失敗です。
イベント会場のネットワークは「全員が共有するインフラ」です。設計なしに使うと、配信・PA・運営・観客が同じ回線を奪い合うことになります。帯域・VLAN・QoSの基本を理解することで、配信を安定させる設計が可能になります。
帯域の基本
アップロードとダウンロードの違い
ライブ配信で重要なのはアップロード帯域です。視聴者に映像を送り出す方向が「アップロード」で、一般家庭の回線や4G/5G回線はダウンロードより大幅に遅い場合があります。
- 光回線(家庭向け):ダウン 1Gbps・アップ 100〜500Mbps(実測値はさらに低い)
- 4G LTE:アップ 数〜数十Mbps(場所・混雑による)
- StarLink:アップ 10〜50Mbps(時間帯・天候による変動あり)
配信に必要な帯域の計算方法
配信ビットレートの1.5〜2倍を安定して確保できることが目安です。
例:1080p 30fps・6Mbpsで配信する場合 → アップロード実測値が 12Mbps以上 必要
配信必要帯域 = 配信ビットレート × 1.5〜2倍
例:6Mbps × 2 = 12Mbps以上確保が目安
ビットレートのギリギリで配信すると、ネットワーク揺れ(ジッタ)でバッファが溢れてフレーム落ちします。
複数デバイスが繋がると何が起きるか
スタッフ・登壇者・観客が同じWi-Fiに繋がると、そのデバイスが帯域を消費します。
| 用途 | 消費帯域の目安 |
|---|---|
| 配信(RTMP 1080p) | 6〜8Mbps アップ |
| NDIカメラ1台 | 80〜120Mbps(LAN内) |
| Zoom接続1人 | 2〜4Mbps |
| 観客スマートフォン(SNS等) | 1〜数Mbps |
多人数が使う会場では、配信専用回線・配信専用Wi-FiをWi-Fi APレベルで分離することが重要です。
VLANとは何か
VLAN(Virtual LAN)は、物理的に同じスイッチに繋がっていても、論理的に別のネットワークとして分離する技術です。物理的な配線を変えずにネットワークを分けられます。
VLANで何を分けるのか
イベント現場では以下のように分けるのが基本です。
| VLAN | 用途 | 主な機器 |
|---|---|---|
| VLAN10 | 配信系 | 配信PC、スイッチャー、NDIカメラ |
| VLAN20 | 運営Wi-Fi | スタッフPC、タブレット |
| VLAN30 | 観客Wi-Fi | 来場者スマートフォン |
| VLAN40 | 管理系 | ルーター管理、NWスイッチ管理 |
VLAN間のトラフィックはルーターで制御するため、配信PCが不審なブロードキャストを受け取ることがなくなります。
配信系と運営Wi-Fiを分離する理由
- 観客のスマートフォンがWi-Fiに多数接続しても、配信の帯域を直接奪われない
- 配信PCへの不正アクセスリスクが下がる
- QoSで配信トラフィックを優先しやすくなる
VLANは対応スイッチ(L2管理スイッチ)とルーターが必要です。家庭用Wi-Fiルーター1台では原則不可能で、Cisco・YAMAHA・NEC UNIVERGE(IX2105等)などの業務用機器が必要です。
QoSとは何か
QoS(Quality of Service)は、ネットワーク上のパケットに優先度を付け、重要なトラフィックを優先して通過させる仕組みです。
パケットに優先度をつける仕組み
回線の空きがなくなったとき、QoSは「どのパケットを先に送るか」を決めます。優先度が低いパケットは一時的に待たされます。
QoSで使う分類方法の例:
- ポート番号:RTMP(1935番)のトラフィックを最優先
- IPアドレス:配信PCのIPを最優先
- DSCP(差別化サービスコードポイント):パケット自体に優先度を書き込む
RTMPトラフィックを優先する設定の考え方
優先度高 → 配信PC → RTMP(TCP 1935)
優先度中 → 運営PC → 通常業務
優先度低 → 観客Wi-Fi → SNS・ブラウジング
インターネット回線(上流側)でQoSを適用することで、配信が安定します。ただし、ISPより上流(インターネット上)ではQoSは効きません。
StarLinkをイベントで使うときの特性
山間部・屋外イベント・既設回線がない会場では、StarLink(スペースX社の衛星インターネット)が有力な選択肢です。
遅延・安定性の実態
- 下りレート:50〜300Mbps(条件による)
- 上りレート:10〜50Mbps
- レイテンシ:20〜60ms(他の衛星より大幅に低い)
- 変動性:風雨・衛星位置によって大きく変化することがある
配信の上限ビットレートは6〜8Mbps以内に設定し、余裕を持たせることが重要です。
NATの問題と対処
StarLinkはCGNAT(キャリアグレードNAT)を使用しており、グローバルIPアドレスが1つ割り当てられないため、外部からのポート開放ができません。
影響:
- 外部からStarLink経由のデバイスへの直接アクセスが不可
- VPN(Tailscale等)でリモートアクセスするには工夫が必要
配信への影響: RTMP配信(配信PC→サーバーへの接続)は発信側なので問題なし。受信型の接続(SRTリスナーモード等)は対策が必要です。
まとめ
イベントネットワーク設計の要点は3つです。帯域は「配信ビットレートの2倍」を余裕ある回線で確保、VLANで配信系を他の用途から分離、QoSで配信トラフィックを最優先にする。StarLinkは屋外・山間部での有力な選択肢ですが、上り帯域の変動を見越した設定が必要です。